蔵書情報
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書誌情報サマリ
書名 |
無邪気と悪魔は紙一重
|
著者名 |
青柳 いづみこ/著
|
著者名ヨミ |
アオヤギ イズミコ |
出版社 |
白水社
|
出版年月 |
2002.4 |
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資料情報
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No. |
所蔵館 |
資料番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
請求記号 |
配架場所 |
状態 |
書庫状態 |
1 |
中 央 | 9102770342 | 一般 | 帯出可 | 902.3/アオ/ | 自動書庫 | 在庫 | 入庫中 |
2 |
美 浜 | 1103038427 | 一般 | 帯出可 | 902.3/アオ/ | 開 架 | 在庫 | |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
タイトルコード |
1000210036473 |
書誌種別 |
図書 |
書名 |
無邪気と悪魔は紙一重 |
書名ヨミ |
ムジャキ ト アクマ ワ カミヒトエ |
著者名 |
青柳 いづみこ/著
|
出版社 |
白水社
|
出版年月 |
2002.4 |
ページ数 (枚数) |
239p |
大きさ |
20cm |
分類記号 |
902.3
|
内容紹介 |
男を惑わせ、じらし、振りまわしたあげくに破滅に追いやる、美しくも恐ろしい「宿命の女」。小説とオペラに現れる彼女たちの本性を徹底分析。『ふらんす』連載を中心に大幅に加筆・訂正して単行本化。 |
著者紹介 |
フランス国立マルセイユ音楽院首席卒業、東京芸術大学大学院博士課程修了。現在、大阪音楽大学教授、ピアニスト、ドビュッシー研究家。「翼のはえた指」で吉田秀和賞受賞。 |
件名1 |
小説
|
件名2 |
女性(文学上)
|
件名3 |
歌劇
|
内容細目表:
-
1 新美南吉論
ぼくらがどのように状況にかかわったらよいのかを考えるためのひとつの長い問題提起として
10-38
-
-
2 ふたたび偽装を問う
新美南吉にとって戦争とは何であったか
39-52
-
-
3 町から村へ、村から森へ
あの狐たちはどこへ行ったのでしょうか
53-63
-
-
4 二つの作品・二つのイメージ
校定新美南吉全集
64-67
-
-
5 想像する力はとりとめもなくはばたくものだ
『新美南吉全集』の「語注」についての意見
68-75
-
-
6 《出会い》と《本物らしさ》と
78-83
-
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7 コロボックル小国盛衰記
その1 前史
84-92
-
-
8 だれも知らない小さな国
93-100
-
-
9 だれも知らないつばきの木
『だれも知らない小さな国』の原風景
101-106
-
-
10 コロボックル小国という名のマイホーム
107-113
-
-
11 『龍の子太郎』の発想
116-136
-
-
12 《語りつぐ》ということ
『おかあさんの木』について
137-141
-
-
13 いぬいとみこ作『木かげの家の小人たち』『くらやみの谷の小人たち』の連作について。あるいは外界と自我との落差を処理する際に生じる「○○のがわについてかく」発想の批判として
142-149
-
-
14 もんく・たらたら。あるいは、いぬいとみこ論序説
150-156
-
-
15 ヒーロー論
157-177
-
-
16 アンチ・ヒーロー論
178-185
-
-
17 作家は子どもの日常生活をどのように把え、描いているか
186-200
-
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18 ピッピ・ナガクツシタにとって《休暇》とは何か?
201-208
-
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19 食物のある風景
アリス・トム=ソーヤー・ハイジ・宝島
209-217
-
-
20 トラゴロウの《不安》
児童文学の中の子どもと現実の子ども
218-224
-
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21 ワルのぽけっとは夕焼けの匂いがする
灰谷健次郎にとって「非行」とは何か
225-232
-
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22 『もぐりの公紋さ』論
233-239
-
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23 贋金づくりへの誘い
『ぼくら三人にせ金づくり』の魅力
240-245
-
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24 怪人二十面相と現代児童文学
「おまかせ探偵局」と「怪人二十面相」における《時計塔》のイメージの差異を追って
246-259
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25 ちえ子は逢魔が時をいつ歩むのか
『ふたつの家のちえ子』論。あるいは《家》のイメージについて
260-269
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26 二つの風景・二つの家
ぼくにとっての戦後児童文学五十年
270-281
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27 『八郎』の「したらば、まんつ」について
282-289
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28 私的な詩的な指摘
「賢治から何を学ぶべきか?」について
292-302
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29 『ねしょんべんものがたり』批判
主に子どもの側からの問題提起として
303-308
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30 ナットクできないことはナットクできない
309-321
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31 「教材としての児童文学」について考えることがいかにつまらないかということについて
322-333
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32 『ちびくろさんぼ』シンポジウム(アンケートに答えて)
334-336
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33 いま、なぜ「ちびまる子ちゃん」なのか
ぼくらが少し昔をふりかえるとき
337-346
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34 子どもの経済力を分析する
347-355
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35 斬
356-361
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36 おもしろさとつまらなさの狭間で
362-374
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37 ぼくらにとって原っぱとは何であったのか
375-385
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38 「事実」と「うそ」と
386-392
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39 連帯の想像力
393-400
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40 砂田弘の「少年」
『砂田弘評論集成』のこと
401-406
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41 異質のイメージあるいは思い込み、思い違い、うそ付き、決め付け、レッテル、きわめつけに遭遇したときに批評家は何をするかについて
407-411
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